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それは本当に自然なこと







寒風吹きすさぶ1月。
練習後のせわしない部室で、部員たちが寒い寒いと言いながら着替えている。
充分に温まった体も、練習終わりの号令や用具の片付けをしているとあっという間に冷えてしまう。
白く現れる呼気を目にするたび、季節の巡りってこんなに遅かったかと手を擦り合わせる。
しかし、冬真っ只中にあっても春めいた空間があった。
目をやると、机に突っ伏していびきをかいている正レギュラーが1人。
「おいジロー、起きろー、着替えてから寝ろー」
帰り際の岳人と忍足が、机に突っ伏す頭をわしゃわしゃ撫でた。
つっても、そのくらいじゃ起きないことは二人も知ってる。
あいつにちょっかいをかけるのは日課みたいなモンだ。
それにジローを起こすのは、最後に部室を出る跡部の役割になりつつある。
面倒な仕事なのに、跡部はあまり迷惑に感じていないようだ。
跡部のキャパがデカすぎるのか、ジローが愛されキャラなのか。
たぶん、両方。

そんなことを考えながら帰り支度を終え、部室を出ようとした。しかし、
「若、何やってんだ?」
うちの部員の誰も、あいつがぼーっとしてるのを見たことが無いと思う。
その若が、一点を見つめたままその場を動かない。
目線の先をたどると、ラケットを握ったまま寝入ってしまった背中。
様々な思いが駆け巡っているような表情からするに、俺の声は耳に入らなかったようだ。
何故だか話しかけてはいけない気がして、しばしの沈黙が流れる。

若はおもむろに、ジローのバッグに無造作に詰め込まれたジャケットを抜き取った。
そして埃を払ってしわを伸ばし、眠りこけている持ち主にそれを羽織らせた。
そこで若はやっと、あっけに取られている俺に気付いたらしい。
慌てて自分のバッグを背負い、ぶっきらぼうに言った。
「カゼなんか引かれたら大勢が迷惑しますからね」
相変わらず手厳しいが、もっともな意見だ。

でも、起こさないよう配慮しながらの仕草や、きびきびとした手つき。
おまけに、ジャケットの埃を払った時の、困ったみたいに眉の下がった表情。
つい「お袋みてえだな」と本音が口をついた。
お袋とはちょっと違うんだけど、そんな感じに見えたんだ、実際。
俺の言葉に、若は少し眉をひそめた。
お疲れ様でした、そう言って俺の視線から逃れるように部室を後にする若。

少し遅れて俺も部室のドアノブに手をかける。
ドアを閉める時に一瞬、襟元のファーに隠れがちの寝顔が見えた。
晩冬の夕焼けが、頬をオレンジ色に染め上げていた。






過ごしやすい気温に誘われて土手の雑草が青々としてきた。
カーディガンとマフラー、そろそろクリーニング頼むか。

そんな気分になってくる、のどかな4月の昼休み。

クラス替えして、2年の時と教室の雰囲気はかなり違って見える。まあ当然か。
新しいクラスのやつら何人かで、ジローの机を囲んで喋っていた。
(輪の真ん中にいるジローは今にも寝そうだ)
春休み中、準レギュラーの一人が彼女を作ったらしい。そこから会話は、
クラスの女子がどうだの好きなタイプがどうだのという話で持ちきりとなった。
「そういえば、お前の好きなタイプってどんなんだっけ?」
誰かがジローの肩を揺さぶりながら尋ねると、むにゃむにゃと答えが返ってきた。
「えっとねー、優しくてー、おれが寝てたら、背中に毛布、かけてくれ、る……ひと……」
そのまま、すやすやと寝息を立て始めるジロー。
これじゃ部活が始まる時間まで起きないだろう。
前は明るい子とか言ってたじゃんよー、と口々に言われてるけど、当の本人の耳には届いていない。
その後すぐ、例の準レギュが週末のデートについてアドバイスが欲しいと言い、すぐに話題は移っていった。

しかし俺はジローの言葉に引っかかりを感じた。

確かにジローの恋人には、心の余裕が要るかもな。
起きてる時は手綱を取って、寝てる時は見守って。
でも、さっきあいつが言ったこと、デジャブっつーの?どっかで見た光景だ。
確か部室で、2、3ヶ月前だったような……。



『カゼなんか引かれたら大勢が迷惑しますからね』



思い出した。若だ。
居眠りするジローにジャケットを羽織らせるその姿。
珍しい光景だったけど、かなり板についていたっけ。

好きなタイプ、か。
ジローと若、か。
あいつらって仲良いんだろうか。しゃべってるとこあんまし見たことねえけど。
接点ゼロだし、趣味も合わなさそう。何もかも正反対すぎて、もはやスタオベしたいくらいだ。

だけど。
心ってのはどんな力にも左右されないし、どんな些細な事にだって左右される。

ふわり、桜の香りがカーテンを揺らす。
くすぐったいくらいの陽気が、サッカー部のかけ声を運ぶ。


春が、来る。






2012/03/27